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🔴悟浄出立/万城目学(新潮文庫)4.3点

悟浄出立 (新潮文庫 ま 48-1)

悟浄出立 (新潮文庫 ま 48-1)

【文学への高邁な志が伝わる短編集】

若い頃私が最も耽溺した日本の作家は、梶井基次郎と中島敦です。和漢洋に精通した夭折の天才、中島敦の格調高い文体に一瞬で魅了され、全集を探し回った記憶があります(結局、カネがなくて買えませんでしたが……)。この短編集の序文を読んで、万城目さんも中島ファンと知り、古い友人にバッタリ出くわしたような気分になりました。

この作品、万城目学の文学への深い造詣と高邁な志が窺える逸品だと思います。

【あらすじ・感想・レビュー】

中国の著名な故事、古典に登場する脇役たちの“人生を変える一瞬”を鮮やかに切り取った、歴史のアナザー・ストーリー。

5篇からなる短編集で、西遊記の沙悟浄、三国志の趙雲、史記の司馬遷の娘、榮など、どちらかと言えば印象の薄い、歴史の脇役的人物にスポットライトを当てた物語です。どれも味わい深い見事な作品ばかりですが(格調高い文体といい、内容の諧謔性といい、中島敦を彷彿とさせます)、好みは司馬遷の左遷後の顛末を榮の視点で描いた『父司馬遷』でしょうか。

この短編、簡単に言えば、冤罪で腐刑に処せられ、自暴自棄になった司馬遷を、榮が必死の説得で再起させる、というストーリーなのですが、作者の巧みな心理描写によって、彼らの肉声が聞こえてくるかのような濃密な臨場感があります。そして、そこがこの短編集のミソだと思います。

……いくら時代が変わっても、幸せを喜び、不幸を悲しむ人の心のありようは変わらない、それが人間の本質だとすれば、その本質を物語の形を借りて描くには、著名な歴史上の人物、あるいはその周辺の人物の心の動きを再現した方がより訴求力や説得力が増すのではないか……(序文で作者は、中島敦の『西遊記』に触発されて、と書いていますが)今回、作者があえて歴史モノの短編集に挑戦した背景には、そんな想いもあるのかなと推察します。そして、その試みは、この一篇に見事に結実しているように思えます(確かにいにしえの人たちの声が聞こえてくるようです)。また『悟浄出立』が中島敦へのオマージュであるように、この一篇も、歴史の中に埋もれた人物を掘り起こし、それを生き生きと再生した偉大な先達、司馬遷に対する作者の(同じ文筆家としての)オマージュではないかという気もします。

いずれにしても、この短編集は、高い文学性を追求した万城目学の本気と(純文学)作家としての真価を見せつけた逸品だと思います。